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2009.09.29

太陽を曳く馬、読了。

太陽を曳く馬〈上〉太陽を曳く馬〈下〉
太陽を曳く馬〈上〉

新潮社 2009-07
太陽を曳く馬〈下〉

新潮社 2009-07
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22日(火)にようやく借りてきた高村薫さんの新刊『太陽を曳く馬』、約1週間かけて読みました。現在神戸市図書館では待ち人数が228!

さて、拙い感想に入る前に。
予約の順番が回ってくるまでの間、待ちきれずに私はネット上で書評を見たり感想ブログをいくつか読みました。多くの人が使っている「芸術論」「仏教論」という言葉、私はこの本にふさわしくないと思います。”論”なんてどんな難しい内容なんだよーーー、と構えてしまうからです。もちろん、一読してすべてを理解できるほど易しい小説ではない。それでも、”論”は否定する。未読の方は、書評にひるまず、ぜひ果敢にチャレンジしてほしいと思います。レディ・ジョーカーよりずっと文字数も少ないし、会話、生きた言葉が繰り出されて話が進むので、例えば『照柿』の工場の詳細な描写に辟易したような人にもとっかかりやすい。むしろ、これまでの高村作品で最も平易な言葉を使って書かれていると感じます。
私としては、まず小難しい宗教の言葉はおよその見当でとにかく読み、次回は一つ一つの言葉に立ち止まり、知らない言葉は調べながらゆっくり読み、という風に段階的に物語を理解していくのが良いかと思います。
さらに前置きは続く。
合田と加納の「その後」を期待している”だけ”の人は、読まぬが吉。最後の最後まで食らいつく忍耐があれば「ああ(歓喜)」の一瞬がありますが。ちなみに私は加納ファンなので、しょっぱなから「ええ、兄ちゃんこの扱い!!??」でした(苦笑)。加納ファンは途中何度か、挫折を味わい、奈落へ叩きつけられること必至。最初からほぼ最後まで合田は出ずっぱりなんで合田ファンは嬉しいでしょうけどね。加納ファンには試練です。。。
前置き最後。
『晴子情歌』『新リア王』を読んでおくべきか。私の応えは肯です。某相談掲示板では「リア王は読んでおく方がいいけど晴子は別に~」なんて回答を見かけましたが、ありえない。確かにリア王の方が内容は直結しているけれど、晴子抜きでこの新刊を読んだら、大切な何かを見落とします。

長い前置きだ。

さて、感想。
あらすじは、晴子三部作の主人公彰之の息子秋道(しゅうどう)が、「理由なき殺人」で周囲を混乱に陥れ、そんな
中、これまで父親らしい感情を持ち得なかった彰之が息子を理解しようと温かい眼差しを向け始めることから始まります。並行して、オウム真理教から出てきた禅僧の事故死を、寺の監督責任として告訴されたことから、本当に避けられない事故だったのか、という追及が始まり、やはり彰之の、青年僧のオウム傾倒からの立ち直りを目指す温かい眼差しが描かれます。
息子を理解しようとし、オウム傾倒の青年を救おうとする彰之を、さらに理解しようと挑むのが合田雄一郎。坊主たちとも深い宗教問答を闘わせ、ときにやりこめられながら彼もまた、彼の道を探り続けます。
そして、どんなに距離が離れても、一度は心が離れたかに見えても、どうしても切り離せない魂の分身、加納は、ついに直接登場はありませんが、やはり合田にそっと寄り添い、相互扶助の関係を構築し直しています。
我々は、あえて高村氏が重いテーマを、わかりやすい言葉で描ききった意図を汲み取りながら、現代が抱える「無関心」について考えさせられることでしょう。命の重さを、思い知ることでしょう。

合田が泳ぎに行っちゃった~~!!!!驚きの放置プレイ炸裂とともに合田は小説から姿を消しました。(この意味は最後まで読んだ人のみわかる・笑)
「ごもっともです」を連発し、定年のことを考え、若い部下を「嫌いだ、嫌いだ」と言ってしまう合田オヤジには笑ってしまう。また傘をなくした、と呆然としたかと思えば2万5千円もする傘を買う、驚愕!そのくせ何気に出張で利用したビジネスホテルで「料金に含まれてたのに朝食が出なかった」なんて根に持ってるし。LJで生まれ変わった合田は、それまでの複雑な、右足は憎悪、左足は未練、などと考えながら階段を歩く彼ではなくなっているものの、やはり孤独感であったりかなり浮世離れした空気は変わらず。半端ない知識で僧侶たちと論を戦わせるあたりはさすが!知識だけでなく、言葉の裏をかいたり心の底を推し量ろうと努力する、その汗が行間からにじみ出てくるよう。

彰之は、父親らしい感情こそ持ち得ないながらも、秋道に対して密接な個への深い情を持って関わろうとしているし、僧侶たちに対しては超然とした態度で問いを投げかけ、混乱を招くようでいてやはり温かい眼差しを向けている。
3年ぶりに会った合田を忘れて、いきなり重い石を運べという無茶苦茶な登場にはやはり笑ってしまったのですが・・・笑っていいんですよね、高村さん??
彰之は直接的な登場自体は決して多くないのですが、常に小説に彼の”眼差し”が漂うように存在している感じです。
彰之という人物は、ある一面では合田よりよほどわかりやすい人で、ある一面では底知れぬほどつかめない人です。晴子、リア王、太陽と追ってきましたが、作を追うごとに人間らしい温かみが増しているようでもあり、ふわふわと実体のない霞のような存在に近づいてもいる、そんな感じ。息子を理解しようと努め、オウムに傾倒していた青年を救おうと努め。温かい。なのに、問い続ける、仏者である前に人間だと僧侶相手に言い放ってしまう距離感。不思議な人です。それだけに、気になって気になって仕方がない。この人ならこの場合どう判断するだろう、どう言うだろう、次はどうするんだろう、と動向がとにかく気になる。
ところで、この物語は2001年で終わりを見ますが、2009年現在なら彰之はおそらく還暦あたり。そのくらいの年代の人って、旧字体と旧仮名遣いがすらすらできるんでしょうか?ちなみに私の母73歳に訊ねたら「無理、私そこまでおばあちゃんじゃない!!」と怒られました。晴子の影響なのかなあ。

他の登場人物は割愛。それぞれに個性があり、没個性の現代人でもあり。味わい深いのは明円住職。口調がいい。人をなめてかかった物言い(笑)がいい。最初で最後のいたずらですよと檜のホールを駆け回ってはしゃぐ和尚たちも何やら愛しい。

高村さんにしてはかなり砕けた文章で進み、その中に彰之の旧仮名遣いの手紙が挿入されて空気を入れ替え、重いテーマが幾重に盛り込まれている中にしれっと笑いの要素あり。リズムがいいです。LJを読んだときに確信はしてましたが、今作でも確信が深まりました。いずれ書きたいというコメディ、あなたならいけます!待っています、新境地の新作。

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コメント

みもざ様

田園地帯の中の美術館で絵画鑑賞。
ため息が出ます。ぜひとも実現してみもざ様にご案内して頂ける日がくると楽しみにしていますね。

投稿: じょん | 2010.07.07 01:19

じょん様

当美術館は、”千葉県佐倉市”にあります。東京駅から、成田空港へ向かう途中みたいな位置であり、その最寄の佐倉駅から美術館の送迎バスで20分田園地帯を眺めて到着しました。こちら在住の私でも少々気合が入りますが、ほんとうに気合入れておいでになれそうな折には、ご案内できるといいなーっと!!思います。

投稿: みもざ | 2010.06.30 16:08

みもざ様

お久しぶりです。
ロスコーごらんになったんですね。そしてついに新リア王。
いよいよ太陽を曳く馬ですね。

ロスコーが大変羨ましいです。東京方面へ行くことがあれば時間を捻出してぜひ訪れてみたく思います。

投稿: じょん | 2010.06.29 15:42

じょん様
以前のコメントで美術館のことをお伝えした”マーク・ロスコの壁画”を見て来ました。ロスコルームという特別展示室になっており、どんな展覧会を開催してもこのルームだけは常設します・・とのことでした。。美術館の周囲の環境も素晴らしくて、ちょっと遠いけどまた行かなきゃ!と思う場所です。次回は、森の散策とランチ持参で。私だけではないはずです・・人間の無意識に問う力がある作品群でした。未読なんですが、この作品の装丁として使われた高村さんの思いに近づけるかもしれません。”新リア王”頑張りました(笑)

投稿: みもざ | 2010.06.29 15:21

アサイさま

はじめまして(笑)。
かかかか、は確かに壊れてましたねえ。でもまさかのスイミング合田に変身しましたねえ。その驚きと興奮が伝わってくるコメントでした、ありがとうございます。

投稿: じょん | 2010.05.11 19:55

かかかか、辺りから「照柿」や「LJ」の合田の暴走モード突入か!?とワクワクしていたら泳ぎにイッチャウ(笑)て…まぁ新作は2002年が舞台ですし合田は脱線しても「こち亀」の両津勘吉並に首にはならない刑事なんですな…!あ!はじめまして。

投稿: アサイレイジ | 2010.05.10 05:06

勝手にお友達認定してしまったのにまたもコメント頂戴して本当にありがとうございます。

ロスコー、千葉県ですか・・・遠いですね。うらやましいです。
高村さんから話題は逸れますが、大好きな漫画「へうげもの」にも出てくる長谷川等伯の美術展を今京都の国立博物館で催していまして、それに行く予定にしています。
好きな作家、作品からさらに枝葉が伸びて美術館に足を運ばれるみもざ様はやはり・・・似た者というか、お友達認定させてください、ぜひ。
興味の幅が広がる作家と同時代に生きている幸せを感じている方だと勝手に想像しています。

投稿: じょん | 2010.04.23 07:16

じょん様

”太陽を曳く馬”の装丁は、アメリカの抽象画家マーク・ロスコのシーグラムの壁画ですね。この作品群を収蔵している川村美術館があります。http://kawamura-museum.dic.co.jp/collection/mark_rothko.html
6月初旬、ここよりも南に行く予定に便乗して鑑賞に行ってみようかなど・・五感への刺激と、心に潤いを与えにと思う今日この頃です。東京在住の私んちからは、まあまあな小旅行になります。(そちらで言うと神戸-奈良の感じかな?!)きっと素敵な場所にちがいないと思いまして、リンクしてみました。

ところで記事にまでして下さり、また”お友達”発言も頂き有難うございます(笑)今後とも思いのたけを表現なさって頂きたく思います。新企画も、楽しみにしておりますので!!

投稿: みもざ | 2010.04.22 14:46

みもざ様、熱いコメントありがとうございます。
加納ファンとして、高村ファンとして、互いに不眠不休で(笑)、作品を楽しんでいきましょう。
私の拙い書評がお役に立つと良いのですけれど。
あまり難しく考えずに「太陽~」は読んでみてくださいね。

投稿: じょん | 2010.04.21 23:05

初訪問ですが、失礼させて頂きます!!
高村ファンのひとりです。お好きな作品が”神の火”であるとのこと・・私もその一人です。いえ、他も当然読み始めたら不眠を覚悟せねばならないことも同じく・・(笑)本当に浸りきってしまう幸せな時間ですよね。

さて、パンダはなごみ系さんの当書評は私には、とても有難く思いました。”論は否定する”と断言なさっておられ、やはり3部作の順を守ること心に誓いました。「新リア王」が未読のため、この作品にはまだ手は出せずの状態ですが、喜びにたどり着けること間違いなしがよく分かりました。ありがとうございます!!私も加納祐介ファンでございます^^。彼らを思いっきり感じ、楽しむには"LJ"文庫版を読むことにして・・・日々を何とかやり過ごします。高みを昇り続ける高村さんのコメディーが読める日が楽しみですね。

投稿: みもざ | 2010.04.21 15:03

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