レディ・ジョーカー(文庫)ついに読了!
長かった。いや、内容ではなく、読みきるまでの時間が。
高村薫「レディ・ジョーカー」の文庫、ようやく読み終えました!ぱちぱちぱち~(拍手)。
文庫を手にしてすぐにざっと最速くらいの斜め読みで一読はし、全体にあっさり風味になったことや衝撃の最終章改訂も知っていたわけですが、改めてじっくり読みきると、なんとも達成感と言いますか、感じます。
結局、文庫は分量的に単行本の9割近くは再現され、1割が削除されて3冊に収まった感じですね。単行本と比べると、ざくーっと10数行が割愛されているような大胆な削除も見られましたが(いちいち文庫に印をつけてるわけではないので「どこ?」とは聞かないでくださいよ)、多かったのは
A「話題(1)」
B「それに何か応える」
A「それにさらに応じつつ話題(2)」
B「(2)に応じる」
みたいなセリフが
A「話題(1)、ところで(2)」
B「(1)も(2)もこうこうで」
という感じで複数のセリフに分割され、セリフとの間にAやBの心理なり表情なりの描写があったものが、合体してひとつのまとまりとなり、文章量が若干減り、読み応えもあっさりになる、という部分が多かったように思います。
一方で、初めの方だと歯科医秦野が、昭和初期の岡村の手紙に自分を重ねるあたりでは、文庫ではさらに「同じ血が息子にも流れていた?」的な、息子と岡村とをダブらせる描写が追加されていたり、いよいよ最後の方では、合田が死に向けて部屋の始末をつけている場面で「父の礼服」だのといやに捨て去るものを具体化していたりと思いがけない部分に加筆が見られました。
文庫は手軽に求めやすく、単行本より多くの人が手元に残すもの、という高村さん流のこだわりか、文庫は単行本よりも明快にわかりやすくなったとは思います。なので、分量的には単行本の8~9割になったものの、実際の削除は2割よりも多く、加筆が1割ある、計9割の再現率、って感じでしょうか。携帯電話を持っている久保にポケベルで呼び出しかかる場面では、携帯電話に直接呼出しがくるように変更があったりと、非常に小さな部分で整合性を高めているのも何度か目に付きました。高村さん、やはりこだわりの人だ・・・。
ところで、刺された後の合田の元へ、単行本では10日間通い詰めた平瀬、文庫ではひとつき通い詰めと粘着度アップしてます。半田への追及がないと知った合田が自ら半田を追い詰めつつも、急激に無関心へ向かう一方で、捜査本部の関心は合田が刺されたことで再び喚起された、と考えて良いのでしょうか。合田の無関心への収束と捜査本部のちぐはぐさの顕在化、というか。
さて。
マークスの山、照柿でも文庫読了後に叫んだあのひとことを、レディ・ジョーカーでもやはり叫ぶことにしましょう。
兄ちゃん、カムバーーーーーック!!!!!
いえね、単行本ではひたすら「義兄」と表記され、根来視点、城山視点でなければ「加納」という人格を持たなかった愛する加納が、単行本ではすべて「加納」となっていたことで「高村さんは加納の個性を重視し始めているかもしれない。新連載期待、超期待」と思えた、非常に嬉しかったのも事実です。
が。
泣きながら尻たたかれてゴルフに行き、「俺は聖人じゃない、腹に収めるだけだ」とのたまうからこそ、加納に血の通った人間らしさを感じた私としては、根来失踪後、毅然と「自分と闘う」と立ち上がる加納は、かっこいいというより「合田に甘えろよ、泣けよ、弱みみせるのもいいじゃないのよ~!!!」と思ってしまうわけです。毅然と美しい加納もいいけど、ああ、加納も人の子だ、と思えるぬくもりを残してほしかった。
そして、合田に飯を作ってやって「飢えてたのか」と笑うなごやかシーンは残してほしかったよーーー(泣)。
最終章でも「俺をなんだと思っていたのだ」だけでは、一方的に愛していながら、相思相愛と勘違いしていた残念な人みたいじゃないか。続けて「俺を置いて死ぬ気だったのか」まで来て「加納にとって合田は分かちがたいかたわれなんだ」と思えるのじゃないですかっ!!!一人ぼっちにするんじゃねーよ馬鹿合田、というせつなさが募るんじゃないですかあああ。なぜにそこを、しかも間接話法で流しちゃうかなあ(号泣)。
輸血?ああ、合田と加納は同じ血液型だったんですね、へえ、くらいにしか思えず、そんな加筆はいいから、合田と加納が味わった孤独、絶望が浮き彫りになる単行本のラストの方が好きだ。その孤独、絶望から這い上がる「クリスマス以後」を妄想することに喜びを見出していた私は変人ですか、そうですか。
合田くん、眼球食いたいって、君は日野ですか?
物井の憎悪、心の中の悪鬼も、鋤で久保を脅すなんてまねをせずとも、濁った片目を描写することだけでかえってぞくっとしたものですが、文庫でなぜかえらく攻撃性を増している・・・。
獄中の城山からの花も、残して欲しかったエピソードですね。城山と合田が、「このスパイめ」「内心を明かさない曲者め」と互いに思いつつも、心地よい存在と認め合い、信頼しあっていたことの現れだったのに、なぜ・・・。
さて、ひとつき以上かけてようやくLJ文庫を読み終え、現代サスペンスのスリルを味わったので、神曲、北越雪譜の文語体で違う空気をしばし味わうことにします。
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